久留米リハビリテーション病院 抱え上げないケアの風土化を

久留米リハビリテーション病院 抱え上げないケアの風土化を

久留米リハビリテーション病院 抱え上げないケアの風土化を

 久留米リハビリテーション病院(福岡県久留米市、柴田元院長)は、ケアでの安全確保や職員の腰痛予防だけでなく、リハビリテーションの質の向上のために、抱え上げないケアの理念を徹底し、法人として組織的にリフトを活用する。柴田院長とリハビリテーションセンター副センター長の今村純平さん(理学療法士)に話を聞いた。

 もともと循環器内科医だった柴田院長は、実家である久留米リハビリテーション病院に帰ってきたことを契機にリハビリテーションの専門性を磨いた。1995年に齊場三十四先生と北欧を視察した際、現地でリフトなどの福祉用具が日常的に活用される姿に衝撃を受け、「抱え上げないケア」を経営理念に掲げた。柴田院長に取り組みについて聞いた。
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中心スタッフが育ち徐々に浸透

 当時は人手で入浴介助しており、職員は中腰でのケアを余儀なくされ、血圧低下や腰痛などが日常的に発生していた。

 このため、病院の浴室にリフトを1基設置し活用を促したが、その後も半年から1年間はだれも使わなかった。

 それでも抱えないケアが、患者・職員をともに守り、ケアの質を高めることを現場へ発信し続けた。次第に中心となるスタッフが育ってきたこともあり、数年後にようやくリフトが病院内で浸透するに至った。

経営者の覚悟と人材教育が重要

 抱えないケアを院内で浸透させるためには、理念の共有、設備の充実に加え、職員への教育・研修が重要だ。

 当院では毎年、新人教育としてリフトやスライディングボードの活用を徹底して指導する。トラブル事例の共有や、ベッドサイドに移乗時のチェックリストを置くなど対策を欠かさない。

 これまでも各地から当院に多くの見学者が来たが、全国でリフトはあまり普及していない印象だ。設備投資が高額な上に診療報酬上での評価がないため、経営者が現場で直接リフトの効果を見て、ケアや人材確保の観点で有効性を確認し、覚悟を決めて導入するしかない。

リハビリの質向上のためにもリフトを活用

 国内でリフトケアが普及しない最大の要因は、リフトを介護機器と考えているところにある。介護用品だという思いがあるから、急性期~亜急性期の医療施設へリフト導入が進まない。病期に関わらず重介助の時期は積極的にリフトなどを利活用すべきだ。

 二つ目の理由として、機械を使った介護への抵抗感がある。

 三つ目の理由は、日本人が小柄なため、抱えようと思えば抱えられる点があるかもしれない。

 当院には、体重が100kgを超える患者(最大167㎏)も紹介されてリハビリに来るため、転倒など様々なリスクも大きい。リハビリ室に天井走行型のリフトを導入したのは、患者とスタッフの安全を守りながら、リハビリの質を高めたかったからだ。

 現在、重度障がい者の増加に対応するため、各病棟の観察室・個室に天井走行型リフトのレールを追加整備する準備に入った。患者の増減に合わせて、吊り上げを担うハンガー部分を適所で使いまわせば、設備費用が省けることも期待される。

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明確な目標設定がリハビリのモチベーションに

 リハビリでは「何のためにやっているのか」という明確な目標設定が重要だ。そのために就労継続支援B型事業所「Symbi」を立ち上げ、当院の患者や地域の利用者の就労支援を行っている。

 その中には、自宅で転倒し脊髄損傷で寝たきりとなった肥満患者に対し、リハビリを行うことで、徐々に歩けるようになり、日常生活が自立レベルとなった後、正職員雇用につながったケースもある。

 自分の社会での役割を自覚することも、リハビリのモチベーションを高く維持する上で大切だ。

抱え上げない介護と早期リハビリの定着を

 当院では、重度障がい者や後期高齢者であっても、社会復帰や自宅に戻ることを前提にリハビリに取り組んでおり、重度の頚髄損傷でも90%近く家に帰している。

 現状では、交通事故などで全介助状態となった患者が、ケア不良のため廃用が進んだり、褥瘡ができた状態で、紹介されてくることがある。

 リフトケアが普及し、亜急性期から維持期にかけて、より安全で有効なリハビリやケアが実践されることを期待し、この取り組みを続けていきたい。

施設では風土として定着

 今村純平副センター長は、院内での抱えないケア普及のため、現場での教育・実践に中心的役割を果たす。取り組みについて聞いた。
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 当院では毎年、新人にリフトやトランスファーボードの使用法などについて、チェックリストをもとに1カ月程度の実地研修を行う。現在、介護に関わる全職員がリフトを使用できる。

 「教える側に回ろう」を合言葉に、院内での抱え上げない介護が風土として定着している。

移乗をコミュニケーションの場に

 院内では「患者・利用者に緊張させない」という理念を共有しながら抱え上げないケアを普及している。

 人の手で抱える場合、脇の下などに局所的な力がかかって皮膚を損傷したり、場合によっては骨折を起こすこともある。介助される側も、身構えてしまい身体がこわばる。

 リフト活用のメリットは、介助者の技術をある程度標準化すれば、必要以上に患者に密着せず、談笑しながら移乗できるほど、利用者・介助者双方にとって負担が少ない点だ。

 「移乗はコミュニケーション」と言えるほどメリットが多い。

リハビリ、在宅復帰にもリフトを活用

 リハビリで天井走行型やつり上げ式リフトを活用すると、女性や小柄な職員・セラピストでも脊損や片麻痺などの重度障がい患者の立位、歩行訓練などを安全に行うことができる。

 また、在宅復帰支援のために、家電の操作をタブレット一つに集約したり、自宅の天井にリフトを設置して、一部屋で生活が完結するワンルームリフトケアの提案も行っている。介助者の負担軽減と本人の自由度の向上により、離床時間の延長など良い結果が得られている。

介護の質担保のためにもリフト活用を

 事故防止のため、スリングシートを確実に装着するなど注意点はあるが、リフトを使えば、だれでも概ね同じクオリティの移乗を担保できる。

 当院では、全職員がリフトを活用できることが自慢であり、今後も、患者家族を含めて福祉用具を活用した、抱え上げない介護を風土として広めていきたい。

(シルバー産業新聞2022年12月10日号)

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