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《ねんりん競技》朝は職人・昼は 店長兼サーファー/平野太郎さん(藤沢市)

《ねんりん競技》朝は職人・昼は 店長兼サーファー/平野太郎さん(藤沢市)

 自分の姿が描かれたサーフボードを見せてもらった。平野さんのお父さんが描いたものだ。いまも94歳で現役の画家。平野さんも美大出身で絵を描く。毎年3月に東京の国立新美術館で開かれる公募展に一緒に出展する。「父は風景画、人物画など多様ですが、私はほとんどが海の絵一本です」。10月までサーフィンの年間大会、オフに入ると展覧会の準備と忙しい。

 平野さんが経営するサーフショップの名前「TRUE」は、自身で立ち上げたブランド。プロ含め多くの愛用者を抱える。工房を構え、ボードの製作も自ら手がける。1枚の板をプレーナー(電気カンナ)で丁寧に削る繊細な作業。「今は3Dプリンタのように設計図から自動で削る機械もありますが、手作業の方が微妙なチューニングが行えます」。午前中は工房で作業を行い、午後は店番。波が良いと思えばすぐ海へ出るという。

 チューニング技術は、美大在学中、工房でのアルバイトで習得。「当時、ボードにエアブラシで色を描く方法がハワイから入ってきたばかり。国内でデザインできる人がいませんでした。そこで『お前、美大だろ』と」。

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 選手からのオーダー表は「カルテみたいなもの」と平野さん。細部に至るまで形状の指示がびっしりと書き込まれている。「どの海で、どんな波が来るか。ターンの効きを優先するか。対戦相手は誰か。ボードの形を決める要素は無限にあります。選手とのコンタクトをいかに密にとるか。時間があれば一緒に海に入ります」。自分が作ったボードで日本一になった選手がいると、喜びもひとしおだと話す。20年ぶりのカムバック17歳でサーフィンを始めた。海が見える鎌倉の高校だった。「とにかく想像以上に波に乗れませんでした」(平野さん)。当時はスクールもなく、指導者不在で全て自己流。今のように「初心者用ボード」なるものも無かった。「下手くそで、他のサーファーからはとにかく邪魔者扱いされました」。

 最初はボードの上に立つこと(テイクオフ)が目標。できるまでに1カ月以上かかった。立てた瞬間の感動を超えるものは未だに訪れていないそうだ。26歳でプロ入りし、10年間の現役生活を全うした。36歳で引退する少し前にブランドを立ち上げ、3年後にショップをオープンした。引退後は店の経営もあり、しばらくアマチュアの大会にも出なかったという。

 再び出場したのは2015年、全日本大会の第50回。節目ということで知人からの誘いを受けた。20数年ぶりの参加だった。以降、毎年出場を重ね、今年8月に初めてカナフクラス(59歳以上)で優勝。ねんりんピックに向け仕上げてきている。

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(ねんりんピック新聞2022年11月12日号)

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