進学就職・・・自分で道を切り拓く/栗原道子(短期連載2)

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進学就職・・・自分で道を切り拓く/栗原道子(短期連載2)

 東京都町田市の堀内祐子さんは、発達障害の子ども4人を育てあげたお母さんです。次男の拓人さんが、小学校、中学校、高校と進む中で、周囲に発達障害の特性への理解と配慮をしてもらうため、色々と働きかけサポートしてきました。

 高校生だった拓人さんが大学進学を志望するようになると、勉強にも熱が入り、みごと大学の法学部法律学科に合格しました。しかし入学後、必死に勉強しても法学のテストに手こずり、単位が全く取れませんでした。

 そんな時、祐子さんは法学を勉強していた知人を拓人さんに紹介し、法体系のつかみ方を教えてもらいました。すると拓人さんは法学の本を読みこみ、自分流に授業の受け方も工夫して、単位が取れるようになりました。

 しかし拓人さんは指導してくれた人にこの先も頼ると、何かあった時に自分一人で問題に対処できなくなると考え、そこからは一人で学ぶようにしました。そして、自分に合った勉強法を模索し、速読のスキルを用いて「誰にでもわかる法学の本」や「やさしい法学」の本を読みこなし、勉強方法を確立していきました。

 大学で友人を見つけることはできませんでしたが、グループワークに積極的に取り組んだことで「人とかかわる」経験も積みました。今は「人生において一番楽しかった時は大学時代」と言えるそうです。お母さんにとって「どこに出しても恥ずかしくない自慢の息子」に育ちました。

 その後、拓人さんは就職活動の時期を迎えました。いくつか面接を受けたのですが、結果は「お断り」の連続。自信を持って臨んでも結果は「不採用」でした。

 そこで拓人さんは、介護の資格は持っていないが、障がいのある人を預かるアルバイトを4年続けていて、それが生かせるのではないかと介護関連の会社を受けました。ところが1次面接で落ちてしまいました。

 拓人さんは、常に1次で落ちる理由を自己分析しました。彼は、どこの面接でも「私は発達障害である」と言い続けてきました。なぜなら、採用上自身に不利であろうことを先に伝えた方が、誠実であると思ったからです。

 しかし何度も落ちる中で、発達障害の話はしない方が良いのではと思い、別の介護会社の面接に臨んだところ、内定をもらえました。

 拓人さん自身、これは自分のやり方であり、他の人の就活に役立つかはわからないと言います。今では発達障害への理解もさらに進み、受け入れてくれる企業も増えていますから。

 母の祐子さんは、ここに至るまでに拓人さんに言われたことで、非常に印象に残っていることがあります。

 「スイカ割り」のゲームをする際、目隠しをしてスイカを割ろうとする人へ、周りの人は「もっと右」「もう一歩前に」などの言葉をかけます。しかし、「○○をしたらダメ」とはひとことも言いません。それが、発達障害の人への道案内と同じだと、拓人さんは言います。

 余計なことは言わずに、「右からでも左からでも、方法はある」ことだけを伝えればいいと。

 小学校、中学校、高校、大学のそれぞれでつまずいた。しかし、「逃げた先にも未来への道は続いていた」と拓人さんは振り返ります。

(シルバー産業新聞2021年年11月10日号)

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