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T子さんを見送って/柴田範子(連載116)

T子さんを見送って/柴田範子(連載116)

 9月初め、小規模多機能事業所で4年半かかわらせてもらったT子さん(92歳)が、ひと月前に高熱で救急搬送されてから、自宅に戻ることなく病院で亡くなった。

 娘さんはT子さんが戻ってくると信じていたし、私たちも「元気なT子さんだから、きっと自宅復帰できるよね。早く退院できたらいいね」と職員どうしで話していた矢先だった。

 新型コロナウイルス感染症が猛威を振るって以来、家族であっても病院では面会できず、娘さんは病院内に設置された双方向の映像で、T子さんの様子を確認していたという。「対面とは違いますよね」とポツリ。娘さんの夫は、葬儀までの一週間で妻が疲れることを心配し、葬祭場にT子さんを安置してもらうことにした。苦渋の決断だったと思われた。ただし、連絡さえしておけば、誰でもT子さんと会えるよう配慮してもらえていた。職員たちは調整しながら交代でT子さんに会いに出かけていた。

 私も家族葬の前日、介護職員をしている孫のYさんと出かけたが、「実は、これから湯灌をしてもらうことにしています」とYさん。待ち時間が必要だったようで、私のことを気遣っての言葉だった。家族の皆さんが集まり、娘さんはT子さんの思い出を話していた。湯灌をする準備が整ったと説明があり、地下室に移動しT子さんと対面した。

 きれいに整えられた室内。目の前には簡易浴槽のシートの上に横たわり、掛物をかけて眠っているように見えるT子さんがいた。

 主介護者の娘さんが涙を流しながらT子さんに語り掛ける。いつまでもT子さんのそばを離れられない母親に、娘2人が寄り添う。温かさを感じた。

 娘さんの夫はみんなに、「おばあちゃんへの特別メニューだよ」と言った。「1カ月近くお風呂に入れなかったものね。きれいにしてもらおうね」と娘さん。T子さんを2人の社員さんが担当し、1人は洗髪をした。娘さんや2人の孫にも「どうぞ」と言って手を添えさせてくれる。

 1人の社員さんが、身体全体を掛物の下で洗い流してくれている様子が手に取るようにわかった。娘の夫は「ずいぶん前に『おくりびと』という映画があった。あれを思い出す」と言った。

 ◇

 T子さんが娘の住む川崎に移ったのが74歳の時。それ以降、にぎやかな毎日だったと娘さんは振り返った。

 川崎に来て間もなく、孫たちとディズニーランドに出かけた時の写真では、T子さんの表情は乙女のようだった。緑内障の悪化で視力が低下し、5年前には目が見えない状態での生活が始まった。

 相当なご苦労があったと想像するが、T子さんの人柄が表れている娘さんとのやり取りを葬祭場で聞いた。「パンが食べたいというのであんパンを準備したの。そしたら、『あんパンじゃなくて、クリームパンが食べたい』と言うの。そこで、クリームパンを手渡したら食べ始めてね、『クリームが入っていないクリームパンだ』と言うんですよ。それで、クリームパンを2つに割って手渡したら口に含んで、『クリームが入っているクリームパンだ』と喜んでいましたね」と懐かしそうに話してくれた。

 明るく、まわりを笑顔にするT子さんらしいエピソードだなと思った。小規模多機能「くじら雲」「ひつじ雲」での、楽しい思い出がよみがえってきたひとときだった。

(シルバー産業新聞2021年10月10日号)

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